手際よく自分の足首へと巻かれていく布を、他人事のように眺めていた。滅多にお目にかかれない氷月くんの素手が、私の踵に触れる。彼の手も人並みに温かい。その事実に私は内心感嘆の声を上げていた。

「なんかごめんね。こんなことまでさせて」

手当てのためとはいえ、あの氷月くんを跪かせている。
派手に転倒した所を彼にバッチリと見られていた。足首を捻ってしまったらしく立ち上がれずにいた所を連行され、有無を言わさずイスに座らされて今に至る。捻った足首は、ここまで連れて来てもらう間に随分と腫れ上がってしまっていた。
船の揺れにもようやく慣れてきたと思った矢先にこの様だ。こういうのをまさに「ちゃんとしてない」って言うのかもしれない。

「いえ、そのまま放置して悪化する方が迷惑です」
「仰るとおりです」
「あとは冷やすものを持ってくるように……あぁ、歩けないんでしたね」

淡々とした口調で「後で取って来ます」と告げられ、ただ頷くしかない。以前の氷月くんだったらこんな風にしてくれただろうか。どうしてもそんなことを考えてしまうのだった。

「取り敢えず、君への借りは返したということで良いですか」
「借り?」

氷月くんに貸したものなんてあったっけ。全く見当がつかず首を傾げていると、下からジロリと睨み付けられた。そういえば彼はまだ私の足元に跪いたままだ。

「敵だろうが味方だろうが怪我人は怪我人。以前そう言いましたよね」
「…………あ」

氷月くんが口にした言葉は、確かに私が過去に発言したものだ。しかも、それは氷月くんが千空くんと司くんに敗れたあの日のことだった。

「覚えてたんだ……」
「君が今まで忘れてたことに私は驚いてますが」
「忘れてたというか……その、心当たりがなくて。ごめんなさい」
「謝罪が欲しい訳じゃありません」

ただのかすり傷だってこの世界では命に関わる。敵味方なんて関係ない。その気持ちは今までもこれからも変わらないだろう。
戦闘で多少なりとも傷ができた氷月くんやほむらちゃんに向かって「傷がないか見せて」と詰め寄ったことに迷いはなかったし、ましてや後悔なんかちっともしていない。
もともと傷病人手当ての知識なんて殆どなかった。生傷の絶えない人達を見続けたせいか、自分でもできる、いや、できなければいけないのはコレなのだと思ったに過ぎなかった。
氷月くんの言う借りというのは、牢の内側で「自分は敵だ」とせせら笑う彼にむりやり薬や包帯を押し付けたことだろう。

「考えてみると、倒錯的だね」

今では氷月くんが私の怪我の手当てをしている。背の高い彼の頭頂部をまじまじと見る機会など、もう二度とないかもしれない。なにせ今日で私と氷月くんの貸し借りはゼロになってしまったのだから。

「笑ってる場合ではないでしょう」
「う、バレてるか〜」

氷月くんは先ほどから私の踵をゆるく掴んだまま腫れの具合を確認しているようだった。顔を見ていなくても声色で大体のことはバレてるらしく、捻挫したのにヘラヘラするなと呆れられてしまった。

「……爪が小さい」
「普通だと思うけどなぁ。あ、それなら氷月くんのつむじもかわいいよ」

つい、思ったことを正直に言ってしまった。踵を掴む彼の手に若干力が入ったのが分かる。

「やっそれはちょっと痛い気がする!」
「あまり脳の溶けたこと言わないでくれますか?うっかり君の踵を潰しそうなので」
「か、勘弁してください」

足の裏に冷や汗をかいてるような気がする。気がするのではなく、実際にそうだと思う。そんな所に触れられているという事実に、どうしようもなく恥ずかしさが込み上げてくる。足首のズキズキとした痛みと、忙しない心臓の鼓動が重なっていくような感覚。

「少しは自覚すべきです。君が今、誰に命を握られてるのかを」

冷たくて物騒な言葉とは裏腹に、氷月くんの掌は燃えるように熱い。



2021.5.29


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